あれもやりたい、これもやりたい……、でもできない。やることを詰めすぎることありませんか。一目で時間管理ができれば、解決に近づくかもしれません。臨床心理士の中島美鈴さんが解説します。
どう見てもこなせそうにない……
「Go To トラベル」が好評で、日本全国で旅行客が増えていますね。友達や家族などと旅行に行って、こういう経験はありませんか? 早朝から遅くまで、盛りだくさんに計画を立てる人です。分刻みでスケジュールが立てられていて、少しでもバスが遅れようものなら、時には走らなければならないし、おまけに宿泊先の食事にも間に合わないほど、あちこちの観光スポットをまわるというプランを立ててしまう人です。
正直こうしたプランに付き合うのは疲れるでしょう。ましてや、これが旅行ではなく、熱血社長の場合、業務時間に終わりそうにない仕事量を山のように詰め込まれてしまうのですから、従業員としてはたまらないでしょう。今回は、こんなふうに、はたから見れば、「到底時間内に終わりそうにない用事、仕事を詰め込んでしまう人」に見て欲しい記事です。
ここで連載しているADHDの主婦リョウさんもまさにこのタイプです。時間内に消化できないほど物事を詰め込んでいるとか、そもそも無謀な計画を立てているとかは、ADHDの方に多く見られる傾向です。
背景には①「あれをやりたい」と思いながらも不注意の傾向から、他のやりたいことに気が移って「これも」「あれも」と増えていくことと、②「計画立てが苦手」という二つの特性が考えられます。
リョウさんの1日も、まさにそんなかんじです。朝、娘を学校に送り出した午前8時には、「今日こそは、テレビで特集されていた年末の大掃除企画『クエン酸で掃除』にチャレンジするぞ」と意気込んでいました。
しかし、まずはちょっと休憩したくて座り込んでテレビをつけると、「土鍋でお米を炊くとおいしい」という特集を目にしました。「丁寧な暮らし」に憧れの強いリョウさんは、夢中です。「今年こそは土鍋を買いたい。お米を炊く専用の二重ぶたのやつがいい」と思いました。土鍋の買えるショッピングモールを検索すると、そのモールで以前から気になっていた「手入れの簡単なぬか床」が売られていることに気付きました。これもリョウさんのチャレンジしたかったことです。せっかくならすぐに漬けられるような野菜も買いたいなと思いました。さらに、今日は旬の栗を使ったパウンドケーキも焼きたいと思っています。
頭が楽しいことでいっぱいになったリョウさん。でも現実には台所には家族の朝食で使った食器や鍋が洗わないまま放置されていて、洗濯もまだです。娘の帰宅する午後3時までにこんなにも多くのことが終わるのでしょうか? リョウさんはこの時点で忘れていますが、娘のマスクが古くなってきており、次のマスクを手作りしたいとも思っていました。
みなさんは、リョウさんが午後3時までにこれらのことすべてこなせると思いますか? みなさんなら、どのようにこなすでしょうか?
リョウさんのいつものやり方はこうです。テレビで見たばかりの「土鍋」とそのついでに買えそうな「ぬか床」が一番の関心事です。まずは身支度を整えてショッピングモールへ急ぎます。わくわくしながらショッピングモールに到着したのは午前9時半。先に調べればよかったのですが、ショッピングモールが開くのは午前10時でした。30分間スマホをいじりながら待つことにしました。それでも計画通りに土鍋とぬか床、野菜を買って、ついでにおなかがすいたのでランチして帰ることにしました。帰宅するともう午後1時半。家は散らかったままですが、ひとまずぬか床からチャレンジです。野菜を切ろうにも台所は朝食の食器であふれているので作業効率が非常に悪く、手間取りました。それでもぬか床が完成しました。すでに午後2時半。娘の帰宅まであと30分しかありません。土鍋の説明書を読むと、どうやら鍋の使い始めには、米のとぎ汁を煮立たせる作業が必要のようでした。そうこうしているうちに、娘は帰宅です。給食セットや水筒があふれかえった台所をさらに占領しました。リョウさんはその時、はっとしました。
リョウ「クエン酸買うの忘れた! あ、夕飯の食材もなんにもない」。
どうしてショッピングモールに行った時に一緒に買わなかったのだろうと自分を責めてイライラしているところに、この言葉が追い打ちをかけました。
娘「明日体育あるけど、体操服どこ?」。
そうです。洗濯もまだでした。洗っていない洋服の中に体操服もあります。やばい!
洗濯機を急いで回しながら、急に頭の中はぐるぐるになってきました。リョウさんの夕方はいつもこんなふうです。やりたいことがなかなかはかどりません。
リョウ「どうしてこんなに時間が足りないんだろう。どうして自分は時間がかかるんだろう」。いつも自分のことが嫌になります。
いかがでしたか? 私はオンラインで時間管理グループセッションを毎週土曜日の朝に実施していますが、多くの方がリョウさんのように時間に追われて、やるべきことがなかなか全部できないという経験をなさっています。
みなさんなら、リョウさんにどうアドバイスしますか? リョウさんの立場なら、どうしますか?
解決のヒントは?
私はいつもグループセッションの中で、「バーティカル方式」のスケジュール帳を使うことをお勧めしています。縦に時間軸が伸びて、横軸は日にちの1週間単位のものです。あの形式のよいところは、一目で時間の長さがわかることです。
ADHDの子どもを対象にした研究(Sonuga-bark et al., 2010)では、ADHDの子どもはそうでない子どもと比較して、時間感覚が不正確であることがわかっています。つまり、体感として、時間の経過を感じるのがちょっと苦手ということになります。たとえば、朝の支度をしながら私たちは、時計を見なくても「だいたい10分ぐらいたった」とわかるでしょう。この感覚がずれているとしたら、なかなか計画通りに物事が進まないですよね。あとは、「この仕事なら何分ぐらいで終わりそうか」という見積もりも不正確です。だからこそ、あれもやりたい、これもやりたいを詰め込んでしまうのでしょう。ADHDの子どもを対象にした研究ですが、この時間感覚に関係すると言われる小脳の部位は、他の部位が成人になってADHDでない人に成長が追い付きやすいのと比較して、追いつかず、差が開いたままであることもわかっています。つまり、時間感覚の不正確さは成人になっても基本的には継続するということです。
しかし、大人になるにつれて、経験値は積み重ねることはできます。「前にこの仕事をしたときにはだいたい2時間かかったから、今回もそのぐらいで見積もっておこう」と心がけることができれば、問題ないのです。他にも、アラームを設定しておく方法もお勧めです。
さて、こんなリョウさんにおすすめしたいのは、バーティカル方式のスケジュール帳を使うことです。この時間枠に、やりたいことが入るかどうかをパズルのように入れてみるのです。とはいえ、所要時間の見積もりはずれがちです。もっとも良いのは実際に少しだけやってみて実測値をもとに計画することです。難しければ、予想の2倍ほどの時間を確保しておけばよいでしょう。
「リョウさん、あなたの今日使える時間は娘さんの帰宅までの7時間。この幅ね」。バーティカルの枠を指さしながら、体感してもらいます。
「この時間枠の中に入れたい用事を羅列してみて。この7時間にやることなら全部ですよ。食事や家事も全部ですよ」
「なるほど。それぞれ何分ぐらいでできそうか( )の中に書いてみて。移動時間も含めてね」
「それぞれの時間の幅の付箋(ふせん)が、今日の7時間に入るでしょうか? 入る分だけ選んでみて」
この手順を踏めば、いかに無謀な計画を立てていたかがわかるでしょう。想像だけで、もしくは気合だけで乗り切ろうとすることができないことも、実感していただけるはずです。
今日の格言は「どんなにやりたいことでも、時間軸に入る分だけ」です。
でも、現実はそうシンプルではありません。ここから生じる「洗濯はいつする問題」「夕食の準備はどうする問題」さらに「どれを優先すべきか問題」についてこれから順に説明していきます。
次週以降もお楽しみに。
引用文献
Sonuga-Barke E, Bitsakou P & Thompson M(2010): Beyond the dual pathway model: Evidence for the dissociation of timing, inhibitory, and delay related impairments in attention-deficit/hyperactivity disorder. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 9, 345-355.
◇「年末・年始企画第1弾」
このコラムの筆者が「時間管理と脳の関係について学ぶセミナー」をオンライン開催します。詳細はこちらから(https://peatix.com/event/1687466)。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル